クリニック新築・開業のストーリー 小田宗治建築設計事務所




 ここで紹介するのは、中野区に建つ、整形外科クリニックである。2009年6月にオープンし、当初は1日40〜50人の患者さんを想定していたが、現在は日に100人を超えるほどの盛況で、若い人の率も高いという。新たに土地から購入したプロジェクトだったこともあり、建物の予算と規模は限られたものだったが、「耐火木造」や、極限までのスペースの有効活用などの工夫により、成功にこぎつけることができた。数字を言うと誰もが、その値段でビルが立つの? その広さで成り立つの? と聞くそうだが、現にこの建物はその可能性を実証している。知恵とやり方次第では、常識はまだまだ覆せるのではないだろうか。

建物正面



待合室・受付
待合室・受付
 

1.施主さんとの出会い

 施主のGさんは、ホームページを見て連絡いただいた方である。穏やかで仕事熱心な旦那さん(先生)と、情に厚く姉御肌な奥さんのご夫婦である。当事務所のページが気になって見ていたところ、プロフィールにロート美恵という名前を見つけて、驚いて連絡をされたそうだが、実は奥さんが美恵さんと幼なじみだったそうで、縁とは不思議なものだと思う。

 当初は浦和や、都内のご実家の土地での開業を検討されていたが、しばらく後に、中野区で良い土地が見つかったということで、再スタートとなった。近年、診療所や医院の開業は、既存ビルにテナントとして入ることが多く、建物を建てるのは少数派のようだが、実際はテナント料も相当なもので、トータルではどちらが得であるとも言い難いとのこと。立地条件や事業性にもよるが、居住スペースを併設したい、空間にこだわりたいという希望があり、今回は新しく建てる方向になった。

 勤務医だったG先生は開業は初めてだったが、開業のもろもろについては薬局のエージェントがサポートしており、レントゲンや電子カルテの業者さんも含め、彼らのチームと協働しつつ設計を進めることになった。

 しかし、30坪の土地と医療機器に予算の多くを取られ、建物の予算は厳しいものだった。1・2階を医院とし、3階の居住スペースは、コスト次第では最悪取りやめも仕方ないとの話。けれどこの場所で2階建てでは土地活用上もったいなく、また後から3階を増築するのも困難が多い。何とかして3階建てを実現できればと思った。

 要望としては、
  • 1階に 待合室・受付、診察室・処置室、レントゲン室・操作室、
  • 2階に リハビリ室、スタッフルーム等の個室、
  • 3階に 居住スペース(院長の休憩・応接のためと、将来子供が独立した後、夫婦で住むため等)、
  • ほかに エレベーター、車椅子対応トイレ
などが必要ということで、各部屋の広さや動線的なつながりについても細かい指定があった。

 デザイン上の要望は、全体を明るくスッキリさせて、かつ幅広い世代に受け入れられるような温かさもほしいということだった。コスト上、装飾的なデザインをする余地もないため、構造と機能を整理して、それらを素直に表してもすっぴんの美が成り立つような建物を目指すことにした。

 オープンの予定は1年後。息付く暇もない作業がスタートした。
 

2.工法の選択、工務店との出会い

 都内で駅に近い商業地(防火地域)に位置するため、建物は耐火建築物にする必要があった。しかし今回の予算上、3階建ての鉄筋コンクリート造は絶望的、鉄骨造でも正直困難と思われた。木造しかない。木造軸組で、耐火建築にできる工法があるはずだ、と調べてみると、意外に歴史が浅く、2006年から可能になったことがわかった(※ツーバイフォーの耐火工法はもっと前からある)。これは木住協(日本木造住宅産業協会)が開発した工法で、登録を受けた施工店のみが工事可能という。これが実際どの位のコストでできるかがまず知りたくなった。

 設計案を作り、複数の登録会社に見積りを頼んだところ、一社だけ非常に安いものが出た。延66坪の建物だが、一番高い見積りとの差は最大1600万円にもなった。見る限り、細かく見積ってあり、どんぶり勘定や無謀な値引きをした様子はない。そして、予算に収まりそうなのはこの一社のみ。選択の余地はなかった。この工務店のことを知るため、さっそく会いに行くことにした。

 間借りした小さなスペースと最小限のスタッフ。2007年設立のまだ新しい会社。基本的に、設計事務所と組んでの仕事はしていない。しかし爽やかに笑う社長は、30年来建築畑を歩んできたベテランで、複数の会社に渡って、大工見習いからSRC造の現場まで幅広い経験をしてきたという。
 なぜ見積りがここまで安いかを聞くと、3点の答えがあった。
  • 材料費については、特殊な仕入れルートにより、中間マージンを大幅にカットしている。これは、これまでの遍歴の中で開拓してきたものらしい。
  • 工事費については、独立したての職人さんに直接発注することで、費用を抑えている。独立するということは、技術的に脂が乗ってきた状態で、かつ熱心に仕事をしてくれる。また、専門の工事会社を通さず発注することで、余分な経費がかからずに済む。
  • 会社の利益については、金儲け主義でなく、物づくりを主眼において、適正利益でよしとしている。これも、これまでの遍歴の中から導いた哲学であるらしい。
 いずれも腑に落ちる話だった。身軽な体制は、省コストという意味で好ましいし、むしろ倒産などのリスクも小さいと感じた(※2011年現在は場所も移転し、スタッフも増えている)。そして、彼が直接現場監督を務めることになるという。工事中の現場も見せてもらったが、特に不可はなかった。これは行けそうだという直感が膨らんでいった。

 このプロジェクトが数年前に始まっていたら、木造耐火工法もなく、この工務店もなかった訳で、予算的に実現不可能だったかと思われる。そう思うと、これまた不思議な縁を感じてしまう。

工事風景
工事風景

診察室
診察室

リハビリ室
リハビリ室
 

3.工事に至るまでのプロセス

 スケジュールが厳しいこともあり、基本の設計案を練る段階では、週1回のペースで打合せを行なった。機能面は主にG先生が、意匠面は主に奥さんが主導された。お二人とも妥協はなかった。コンピューターで3Dモデルの中を動きまわるシュミレーションを見てもらいながら、案を修正していった。

 並行して、G先生と一緒に、他の整形外科医院をいくつか見学しに行った。いずれもテナント式で、参考になったが、改善の余地も見受けられ、その点は計画に活かすことにした。

 木造耐火建築物を設計するには、設計者も木住協の講習を受けなければならない。年に数回、各地で行われる講習会は、直近では大阪での開催、それを逃すと数カ月先になる。そのため日帰りで講習を受けに行ったりもした。
 設備面では、レントゲン機器や電子カルテの業者さんとも、打合せを重ねていった。

 案が固まってくると、法規との戦いも激化する。役所や保健所、消防署との折衝である。
 東京都の建築安全条例によると、1階の階段から出口までの間を、防火対策した経路としなければならない。スペースの関係で、独立した廊下をつくる訳にもいかないので、待合室全体に防火対策をして、経路として認めてもらうよう交渉を重ね、何とか認めてもらった。ここは実現への大きな山だったと言える。

 詳細な図面を完成させ、本見積りを取ったところ、何とか想定額へ持っていくことができた。什器・家具は馴染みの家具屋に、エレベーターはメーカー直に、それぞれ分離発注することで、コストを抑えた。敷地には既存の建物があったが、その解体工事も、新たに業者を見つけ(イラン人が経営する会社で、きちんとした仕事をしてくれた)、これも低コストで済ませられた。こうして全体として、何とか予算内にまとめることができ、実現への最大の山をクリアすることができた。

 最初の依頼があってから半年後、建築確認申請も通り、工事着工に至ることができた。

(のちに建物のサイン計画も当方で行い、ちょうど知り合った看板工事店に直接発注して、ここでもなかりのコストを抑えられた。安くできる業者さんに出会う才能はどうもあるようである。
 Gさんが医院のロゴデザインに悩まれていたので、アドバイスしたところ、当方がそのままデザインすることになり、立体文字の看板やガラスに貼るフィルムのデザインも、サインの専門家に外注する間もなく、オープン直前にバタバタとやることになった。同じ人間がデザインするので、建物と調和したものにはなったかと思う)
 

4.設計のポイント

 この診療所の設計のポイントは、複雑な機能・要望を、いかにスッキリとした構成に落とし込むかだった。シンプルな構成は、使い勝手上も、施工上も、美観上も有利になることが多い。木造の場合、構造の壁が多く出るため、なおのことその配慮が必要である。また、シンプルであってこそ、隅々まで設計・監理の目を行き届かせることも可能になる。
 そして、限られたスペースを最大限に利用するため、廊下を排し、全ての広さを部屋に還元するようにした。つまり、移動専用のスペースをなくし、どのスペースにも滞在と移動の両方の機能を兼ねさせることで、通常を超える「広さのポテンシャル」を引き出す訳である。
 ここで特に重要になるのが、適切なスケール感による、広さの設定である。それぞれの部屋での活動上、狭く感じないギリギリの大きさの空間を設定するのである。これに失敗すると、大して有効な広さ感を得られないのに無駄にスペースを食ってしまうか、逆に窮屈なだけの空間になってしまう。スケールの成否は、規模が小さいほどシビアになり、数センチの調整が大きくものを言う。言語化できない感覚的な部分だが、慎重な検討が求められる部分である。

 3階の居住スペースのプランニングには多少自由度があった。周囲は建て込んでおり、外周からは光が充分に入らないため、中庭を設け、上から光を取り入れることにした。これにより、1・2階とは別世界が演出されることになった。南には新宿副都心のビル群が望めるため、中庭の南側の壁に開口を設けたが、隣地にも将来3階建てが建つ予定とのことなので、可動式のルーバーを設け、角度を調整して視線を遮れるようにした。
 水廻りはGさんの希望により、中庭に面した、明るい開放的なものとなった。和室は床を一段上げて、腰掛けと床下収納を形成するとともに、折戸によってリビングに対して閉じれるようにした。道路に面した北側のバルコニーは、避難用でもあり、建物正面に表情を与えるものともなっている。
 外部の光や風を身近に感じられるくつろぎのスペースは、下階での仕事の疲れを癒してくれるはずである。

 「木造耐火建築物」とは、簡単に言えば、木造に分厚い石膏ボードを二重に張って、くるんでしまうものである。木造のビルというと、何か弱いイメージを持たれると思うが、きちんと構造計算をしてつくれば、充分強いものができる。実際、出来上がった建物は、石膏ボードの重い鎧をまとっているせいか、木造特有の微振動もほとんどない。特に床がしっかりしている。建物に来た人は、構造がコンクリートか鉄か木かは、まずわからないはずである。また、部分的に構造を補強することで、重いウォーターベッド型治療器具を置いたり、天井からレントゲン機器を吊り下げることも問題なくできた。
 ただ、石膏ボードに穴を空けて照明を埋め込む場合は、耐火上の処置が必要になる。今回はコストのこともあり、ほとんどを直付け型の照明とした。

 木造耐火の外壁は、ALC(軽量気泡コンクリート板)の上にサイディング張りと決まっていたが、ちょうど計画当時、厚さ30mmのモルタル塗り仕上げの認定製品が出始めたので、建物の正面と、3階の中庭部分はこれを採用し、防汚性能のある白い塗装をして、プレーンなイメージを実現することにした。

平面図

リハビリ室
リハビリ室

3階中庭
3階中庭
 

5.完成へ

 この工務店との仕事は初めてだったが、全体として、期待に違わず、ソツのない仕事をしてくれた。見積り・決済権を持った社長自身が現場を監督し、打合せをし、時に工事もするので、様々な対応が素早く柔軟にできたのは良かった。
 細かい収まりについては、こちらで詳細図を書き、説明・監理することで、仕上りのレベルを保つことができた。
 工期もそれなりに厳しかったが、締切りは無事に守られた。

 最後に保健所の検査があるが、オープンから逆算すると割と早めに受けなければならず、この段階では工事が完全に終っていないことも多い。今回もそうだったが、保健所と事前にコミュニケーションをよく取っておきクリアした。

 足場を取り払って現れた外観は、三叉路に建つ凱旋門のような風情もあった。街なかの建物は、意外と小さい要素を集めた外観をしているため、大きな白い壁面は、違いが際立ち、むしろ目立つ。看板よりもこのプレーンな壁こそが、大きな宣伝効果をもつと言えるかもしれない。

 オープン前には薬局のエージェントの協力のもと、内覧会が開かれ、たくさんの人で賑わった。改めて眺めると、全体はコンパクトながら、どのスペースにいても、視覚上も機能上も、ほとんど狭さを感じないようにできたのではないかと思う。また、受付と待合ベンチにナラ材を使った以外、何一つ贅沢な素材は使っていないが、一定の雰囲気も保てていると感じた。直付けの照明も、違和感なく馴染んで見える。待合のベンチの一列は、あえて背もたれをなくし、いろいろな向きに座れるようにしたが、後ろのベンチと向い合って座り、会話を楽しむ様子も見られることだろう。
 3階の中庭は、小さくともかけがえのない自然の豊かさをもたらしていた。建物に親しく取り込まれた空、光、新鮮な空気は、来客の人々を引き寄せ、いつまでも離れ難くさせる効果があった。

 Gさん夫妻とは、完成までの1年、連絡を密に取り合い、どんな球でもフォローできるように努めてきたが、完成後にG先生が、医者じゃなかったら建築士も面白そうだと仰っていたそうで、何だか嬉しく思った。
 また、Gさんが以前注文住宅を建てた際は、建てた後で気に入らない部分が目についたり、追加費用が出たりということがあったが、今回はそういう事がなかったということで喜ばれた。その辺を事前に詰めておくというのは、仕事を進める上で、自分としても最も気をつけているところではある。

 冒頭の通り、このクリニックは現在盛況を続けている。建物の心地よさが人々を引きつける一助になっているとすれば嬉しい限りである。



診療所部分は47坪、住宅部分は19坪、
建物工事費は、一般設備込みで、坪68万円、
エレベータ・収納家具・看板サイン工事は、別途合計600万円程となっている。(医療設備費、設計監理料は別)




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