スタジオ開設のストーリー 小田宗治建築設計事務所




 ここに紹介するのは、物流倉庫の一角を、商品の撮影スタジオへとコンバージョン(用途変更)したプロジェクトである。背の高い巨大な空間をどうやって区画するか、最小限のコストでいかに快適な環境をつくり出すか、法規制の関門をどうクリアするか── 厳しい条件の中で取り組んだ顛末記である。このスタジオで撮影された商品写真は、大手R社の通販雑誌に使われている。

内観



物流倉庫の風景
物流倉庫の風景
 

1.はじめに

 ネットショッピングをはじめとする通信販売が隆盛だが、その裏には、商品を集配管理する業務の進歩・拡大がある。そうした業務の受け皿として、昨今、1フロアが数千坪もある巨大な物流倉庫が数を増やしつつある。
 大手R社は一連の通販雑誌を出版しているが、それを陰で支える物流業務も相当な規模になる。その業務を一手に受注しているのが、「柿の木坂M邸」のオーナーであるMさんが立ち上げた会社だ。
 Mさんに案内されて、川崎にある物流倉庫を訪れた際、その巨大さには目を見張るものがあった。2年前にできた5階建ての建物、その1フロア(6300坪)の大半を占用し、300名近くが忙しく立ち働く現場が広がっていた。

 ところで、通信販売の雑誌には、一つ一つの商品を紹介する小さな写真が、多数掲載されている。その写真は、外部の撮影スタジオに依頼して作られるが、撮影費は1カット数千円で、雑誌1冊では合計1千万円を超えるほどにもなるという。
 そうした撮影業務を効率化するため、物流倉庫の内部にスタジオを設け、撮影業者さんに中に入って仕事をしてもらおうというプロジェクトが持ち上がった。

 M邸の建設がうまくいったこともあり、Mさんに呼ばれ、当事務所もプロジェクトに参画することになった。すでに大まかな要件や予算は決まっていて、これから具体的なことを決めていくという段階だった。関係者は、出資者であるR社と、予算と全体を管理するMさんの会社、そして実際の使い手である撮影業者さん、工事内容をチェックする建物管理会社と、複数に渡っていた。
 現場は、天井高が6.2mと高く、夏は猛烈に暑く、冬は底冷えするという環境。周囲が現役の物流倉庫である中、その一角(と言っても340坪もあり、その内コア部分は165坪)を、クリエイティブな居住空間へと変えなければならない。あまり前例のないプロジェクトが始まった。
 

2.状況と問題を知る

 まず、商品の撮影の現場を知るため、撮影業者さんの所有するスタジオへ、Mさんたちと見学に行った。
 広い空間に機材や物品が立ち並び、静かだが華やぎのある独特の雰囲気が漂っていた。商品をセッティングする架台は手作り感のあるものだが、機材は全てデジタル化されている。カメラで撮ったものをモニターで確認し、パソコンで調整する作業が繰り返されていた。照明には連続して照らすモデリングランプと専用のストロボが併用され、発光時(急速充電時)には2400Wもの電力が消費される。それがあちこちで並行されるため、現代のスタジオにとっては電力の確保というものが至上命題とわかった。また、ベースとなる部屋の照明は、色を正確に見るため、高演色の蛍光灯を使用。床に膝をついて作業をすることが多いため、床はコンクリートのままでなく、断熱材を敷いた上にフローリング等が必要とのことだった。

 撮影業者さんから、具体的な要望として、コンセント・LAN端子の数や、部屋の照明の数、床暖房が欲しいことなどが出された。これらを叶えるには電気容量が不足することがわかり、キュービクルを増設し、幹線を引き込む工事が必要になった。併せて、天井高一杯の間仕切、床仕上、空調、また法的に必要な非常用照明などを具体的に見積っていくと、全体のコストは、設定された予算を大幅に超えてしまうことがわかってきた。
 予算の数字は、具体的な仕様の設定が必ずしも明確でないまま決まってしまったもののようだった。しかし、今から予算を変えることは難しいという状況でもあった。資金上のクライアントと、使用上のクライアントが別であるため、双方の要望の間で、設計者としては板挟み状態となったが、ともかくあらゆるコストダウンの手を打って、できるところまでやってみることにした。

 しかし、さらに追い打ちをかけるような関門が待ち受けていた。法規の問題である。今回、倉庫という「非居室」を、スタジオという「居室」へ用途変更する訳であるが、ここで法的扱いが大きく変わってくる。火災時の避難規定や、換気の規定が厳しくかかってくるのである。正攻法で考えると、建物を大改造しなければまるで不可能、あるいは排煙・換気設備に巨費を投じる必要があり、いずれにしても絶望的である。唯一、「避難安全検証法」という特殊な検証をクリアできれば、避難規定を除外できるという道が残されていたが、これは未知の世界だった。
 建築関係の法律にはこうした、プロジェクトの命取りになるような規定がままあるが、専門外の人にはこうした危機感はなかなか共有されにくい。重い気持ちのまま、何とか打開策の検討を急ぐことにした。

スタジオの見学
スタジオの見学

高所作業車での作業
高所作業車での作業
 

3.打開への取り組み

 「避難安全検証法」とは、大規模な建物を扱わない限りまず縁のないものだが、簡単に言えば、天井が高く、火災時の煙を上部にたくさん蓄えられる建物は、人が逃げる時間を充分稼げるので、様々な避難規定を除外できる、というものである。物流倉庫の造りは、まさにこれに向いていると思われたが、具体的な検証方法については専門性が高い。外注先を探そうとネットで調べると、なんと検証結果の概要を無料で提示してくれるサイトがあった。専用ソフトによる計算の全プロセスを提示するには200万円かかるが、今回のプロジェクト(用途変更)は確認申請が不要なので、当面はそこまで必要ない。検証を依頼すると、建物に若干の加工工事を加えることでクリアできることがわかった。インターネット時代のありがたさをしみじみ感じた。

 工事費のコストダウンについては、まずできる限り分離発注をすることにした。壁や床の建築工事、暗幕等の工事、空調工事、電気設備工事、幹線引込工事、それぞれの工種を直接発注のかたちにして、全体経費を削った。また、現場で使う高所作業車は皆で共有できるように手配した。
 そして工事内容は、必要な機能を損なわないギリギリのところまで切り詰めた。例えば、既存の2つの有圧換気扇(いずれも給気用)の片方の向きを変え、給・排気の居室用の換気設備にした。照明は全部新設するのでなく、既存の器具の蛍光管を高演色のものに交換し、不足する光量の分だけ器具を新設することにした。床仕上は本当に必要なところだけに絞って張ることにした。あとは各社の見積りをひたすら精査し、どんな小さな無駄も削って行った。

 それでも、なかなか予算内には届かず、コスト削減の努力は延々と続いた。まるで終りが見えないかに思えたが、ある時、電気配線の費用と壁の建築費用を一石二鳥で削減する妙案を思いつき、弾みがついた。MさんがR社にかけあってくれ、予算枠も若干拡がることになった。こうして、コスト面でもようやく実現のめどが立った。

 建物管理会社の立ち会いのもと、市役所の窓口で建築計画の報告を行ない、問題ない旨を確認した。これで法規面もクリアされた。
 スタジオ稼働予定日は、お盆明けに設定されていたが、そのひと月前に、ようやく工事に着手できることになった。
 

4.設計のプロセス

 まず、この物流倉庫という環境に人が滞在して仕事をするには、空調が必須になる。フロアの中央には外気と通じるトラックの車路が貫通しており、車路に面した倉庫のシャッターは開いている。つまり倉庫も基本的に外気にさらされる訳である。また、外壁はALC(軽量気泡コンクリート)、床版は鋼鈑デッキ+コンクリートだが、春・秋は良いとしても、夏・冬はやはり厳しい環境になる。
 空調の方法は幾つか考えられるが、空調業者と相談し、コストと効率の面から、天カセエアコンを割と人に近い高さ(床から3m)に設置するシンブルな方法にした。(結果、空調の効き具合はなかなか良かったようである。床暖房はコスト面で非採用となった。)

 空調をする以上は、やはりその範囲を物理的に区切る必要がある。しかし、既存の柱の間隔は10m、天井高は6.2m、そこを全面的に壁で塞ごうとするのは、強度的・コスト的に厳しいものがある。セキュリティ面も考えて、人に近い下部だけを壁にして、上部は暗幕等で仕切ることになった。幸い「避難安全検証法」により内装制限が外れたので、材料の選択肢は広がっていた。カーテン業者と相談し、暗幕より強度のある、遮光性のテント膜(防炎製品)を使うことにした。

 下部の壁については、コスト削減のため、木の骨組みに化粧石膏ボード張りにすることにした。ただ、普通にまっすぐな壁を立てる場合、既存の柱だけが支えなので、10mも間隔があると、壁の中央部分が不安定になる。ブロック塀のように所々に控え壁を付けて支える方法もあるが、その出っ張りが周囲の使い方を限定してしまうので避けたい。そこで、工務店と相談して、T型の断面形状の壁を検討した。上の水平部材で壁の揺れを抑え、かつ、水平部材の重さは中心の壁が支えるというものである。ただ、これで10mの間の揺れを本当に抑えられるかどうかが若干心配なのと、水平部材の工事に結構手間がかかる点が気になっていた。また、10mで一体の構造のため、部分的に壊して改変するといったことができない点も気になっていた。

 一方、電気配線類は、ケーブルラックを天井から吊るして空中に配線する予定だったが、その見積りがかなり大きな額になっていた。これを下に下ろし、壁の中を配線できれば、コストも下がるし、空間もすっきりするはずだ。そこで、一つの妙案を思いついたのである。

テント膜の吊り下げ
テント膜の吊り下げ

初期の壁の案
初期の壁の案

図面

スタジオ内観
スタジオ内観
 

5.一つのアイデアと成功

 いわゆる「壁」を造るのではなく、バリケードのようなものを造ってもいいはずだと気づいた。トランプタワーのように、2枚の石膏ボードを互いにもたれ掛けさせて三角形状に安定させ、それを横に連続させて「壁体」にするのである。中にできる三角形のトンネルは、多量の電気配線にとって最適である。頂部の継目に、天井から吊られたテント膜を挿入すれば、部屋の気密性も上がる。ユニットごとに自立した構造のため、安定するし、部分的な改変にも対応できる。(実際、あるスパンの「壁体」は、床に固定せず、全体を動かせるようにしておくことになった。) また、デザイン的にも面白くなる予感がした。もちろん、壁の工事費と電気配線の工事費も、見事にダウンした。実際は、一石何鳥もの策になった訳である。

 床仕上についても、ある試みをした。木質系の板材で、仕上として使えそうな最も安いものを検討したところ、インテリアOSB(木のチップを固めて表面を削ったもの)に行き着いた。コンクリートの上に、発泡断熱材とフィルム(結露止め)を敷いた上に、捨張り合板とOSBを互いに継目をずらして留めつけ、反らずに安定することを期待した。結局これは上手くいった。今回のような要望を満たす上で、これ以上安く床を張る方法はまず無いかと思われる。

 工事は、灼熱の暑さの中で進んでいったが、建築の全貌が立ち上がるにつれ、職人さんの士気も上がっていったように思う。暑さのため、高所作業車のバッテリーが干上がってしまい、車両が現場に立ち往生するというトラブルもあったが、各業者が協力し合い、何とか予定通りの工期で完成できた。予算との戦いが嘘だったように、巨大なスタジオが堂々と立ち現れていた。

 改めて全体を眺めてみた。斜めの壁面と、膨らみを持ったテント膜が、すべて合理性の結果でありつつ、最低限のデザイン操作となり、全体に雰囲気を与えていた。「壁体」は幅を取るが、全体が広いため、全く気にならない。テント膜の上端は梁形に沿ってきれいにカットされ、天井との隙間を埋めていた。空調は、隣の灼熱の空間とは別世界のオアシスをつくり出していた。
 今回、設計者の仕事内容としては、コスト削減や事務的調整が大半を占めたが、少しでも使い手を刺激するようなクリエイティブな空間をつくりたいという意識だけは持ち続けた。その思いは多少は果たせたのではないかと思う。

 最後に消防署による検査に立ち会い、合格をもらった。全てを終え、休憩所で一休みしていると、撮影業者の社長さんが来られ、思わぬ感謝の言葉を頂いた。予想していたより出来映えが良かったようである。また、後で工事費を知って、予想より1千万円ほど安かったと驚いたそうである。
 現在、多くの撮影スタッフによりスタジオは日々稼動し、そこで生み出される商品写真は、R社の通販雑誌の紙面を埋めている。
(※2014年 事業所移転のため閉じられました)




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