木を活かしたオフィスのストーリー小田宗治建築設計事務所


 情報技術の発達により、どこでも仕事ができるという状況が加速している。そんな現在、オフィス空間には、ひと所に集まって仕事をすることの意味が改めて問われ出している。今のオフィス空間に求められている命題とは、端的には以下の2つになるだろう。

  • この場所でこそ働きたいと思わせること

    (快適性──時に刺激を与えるような──や、
     多様性──個々のニーズに対応する──があること)

  • 人が集まる意義を強めるような仕掛けがあること

    (談論風発を促すような、大小様々なミーティングスペースやコミュニケーションスペースが充実していること)

 こうしたことを追求しなければ、オフィス空間の存在意義は徐々に薄れて行きかねない。大手IT企業などで見られる、おもちゃ箱をひっくり返したような華やかなオフィス空間は、こうした追求の果てに生まれたものと言えるだろう。奇抜なアトラクション的空間をいくつか設けることは、確かに起爆剤として有効であり、オフィス全体に変化をもたらすための常套手段になってきている。

 一方オフィスは、デスクやイス、ロッカーといった基本的な要素が多数反復されて成り立つという本質も変わらずある。その本質に向き合い、基本的な要素を丁寧に見直すことで、反復効果によってオフィス全体に変化をもたらすというアプローチもあるのではないか。今回、そうした方向性のオフィスデザインを試みることになった。

オフィス使用風景

1.与条件

 新しいオフィス計画について相談があったのは、IT系企業S社である。過去にS社の依頼でオフィスの受付台(「恵比寿S社受付」)を手がけていたが、その時は内装やオフィスレイアウトについてはタッチしておらず、専門業者の手による一般的なつくりとなっていた。

 S社は物流関係の先端技術を深掘りしている企業で、業界に革新をもたらす社風であり、また社長の著書「UXの時代」では、固定観念を覆す未来像が描かれている。今回、そうしたことをより反映し、前例や常識にとらわれないオフィスを求めたいということで、当方のようなフリーの設計事務所に声がかかった。

 S社はこれまで、恵比寿のオフィスビルのテナントとして1フロアの半分のブロックを使用していたが、会社の成長に伴い、1フロア全体を使用するため、階を移ることにしたとの話だった。約800平米を140人ほどで使う計画である。そして、要望として幾つかのテーマが挙げられた。

  • 木の使用 ‥‥自然志向、サステナビリティーを意識
  • 手作り感 ‥‥既製品のスタイル・枠組みからの逸脱
  • スペースの可変性 ‥‥変化への柔軟な対応
  • ミーティングスペースの拡大と多様化 ‥‥少人数のオープンミーティングから、多人数の会議やセミナー等の開催まで
  • 座席のフリーアドレス化、荷物の集約

こうしたテーマをもとに、できるだけゼロからオフィスを考えることにした。

オフィス使用風景

2.デスクの見直し

 木を実際にオフィスで使用するには、いろいろなハードルがある。壁・天井の仕上に使うには、防火上の問題があり、床の仕上げに使うには、下階への防音上の問題がある。そのため、木を使う範囲はごく限定されるか、木目のプリントされた人工建材への代替を余儀なくされがちである。

 そこで、オフィスの家具・什器に木を使う方向性を考えることになるが、什器の中心的な位置を占めるデスクを、もし木にすることができれば、オフィス全体に小さからぬ変化がもたらされるのではないか、という案が浮かんだ。これは、一部の特別な机だけを木で作ることではなく、原則全てのデスクを本物の木──全てに個性があり、香りがし、傷もつき、時とともに色が焼けていく──にすることで、五感を含めたオフィスの風景全体に変化をもたらすというアイデアである。

 しかしこうした例はあまりない。

 理由の一つは、自然の木の諸性質が事務用途には不向きという先入観があるだろう。幸いS社はその辺を木の味として受け容れる姿勢があったので、クリアできそうな見込みがあった。

 もう一つの理由はコストである。ローコストの合板を使って、そこをクリアしようとする例は多いが、薄い表面材の剥がれなどの問題がつきまとう。かと言って無垢の木にしようとすれば、工芸の部類になり、コストが一気に跳ね上がってしまう。それらの中間的な木の素材はないだろうか。そう考えて、一つ候補として思い当たるものがあった。

杉集成材Jパネル

 杉の集成材で「Jパネル」(鳥取CLT 旧レングス)という素材がある。これは、オフィスというより住宅の分野で馴染みがある素材で、厚さ12mmの杉の板を、向きを変えて3層貼り合せたものである。国産CLT(直交集成板)の先駆けであり、木造建築の構造部材としても用いられるもので、原木は鳥取県の間伐材を使用、環境負荷が少なく、コストも抑えられた製品である。

 合板と違い、無垢の木に近い味わいが特徴であるが、無垢のような反りや割れは生じない。構造材に使える強度があるため、切って足をつけるだけで、補強材なしにテーブルとして自立し、板の切り口もそのままで仕上げになる。以前この素材を使ったテーブルや家具を手がけたことがあったので、こうした特性は把握していた。

 また、原料が国産という点も重要である。間伐材を消費することが、人工林の手入れを助け、CO2の吸収力向上や地すべり防止に寄与し、また輸入木材の背景にある海外の過剰な森林伐採を抑えることにもつながる。

 加工の簡便さ、エコな成り立ちなど、全ての特性が今回の計画に最適と思われた。

 さらに、S社の固有の事情として、物流倉庫での小運搬に使われる木製のカートを、自前で製作する「工務部」を抱えており、ある程度の什器の組立てもそこで行えることがわかった。

 杉集成材の部材を工場でカットして送ってもらい、社内工務部で組み立てるというかたちをとれば、コストをさらに抑えられる。「手作り感」というオフィスのコンセプトにも合うことになり、実現への弾みがついた。

 設計上の問題は、デスクのサイズをどうするかである。今回、以下の理由から、1820×450mmという細長い形状を、標準的なデスクとして提案した。

  • 杉集成材の規格サイズ(1820×910mm)を2等分した大きさで、材料のロスが出ない
  • 既存のオフィスで標準的に使われていたスチールデスク(1200×700mm)と同等な広さ
  • 奥行きをあまり必要としないノートパソコンの使用が主なので、45cmの奥行きでも対応が見込める
  • フロア全体が、細長い特殊な形をしていたため、それに沿って細長いデスクを並べることに合理性がある
  • 一人で持てる大きさ・重さで、移動や配置換えが容易である

デスクの見直し

 さらに、デスクがこの形状であることで、次のような利点も見いだすことができた。

  • 千鳥状にずらして配置することで、人との間隔がゆったりし、また、向かいの人がコアな視野角に入らず、集中しやすい
  • デスクの間口が大きいことで、資料を複数並べる際の使い勝手が向上、また、隣に人が同席することが容易になり、気軽なミーティングやティーチングを誘発、さらに臨時的な増員にも対応できる
  • 細長いデスクが、川の流れのように配置されることで、オフィスに独特な景観が生み出される

 ただ、こうした前例のないデスクを、いきなり大量に導入するのは冒険でもあったので、初めに試作品を作り、実用に耐えるかをS社の皆さんに見てもらった上で、導入に踏み切ることにした。

 全体のレイアウト計画の最終段階で、管理部門のエリアだけは、プライバシー対策のためコンバクトなスペースに納める必要から、従来のスチールデスクを使わざるをえなくなったのは残念だったが、それ以外のデスクは全て木にすることができ、細長いフロア全体に渡って流れるような「木のストリーム」を生み出すことになった。

オフィス使用風景

3.ロッカーの見直し

 これまでのS社オフィスは、固定席の周りに個人の荷物が置かれているかたちだったが、座席のフリーアドレス化と、デスクのサイドキャビネットの廃止に伴い、荷物の集約のため個人用ロッカーを導入することになった。ただ、ロッカー専用の部屋を設けるのは広さ的に難しく、オフィス全体に分散して配置する必要があった。

 ロッカーは、オフィスのコンセプトである「手作り的」なものに置き換えるのは限界があり、既製品を使うことになったが、高さ180cmの一般的なロッカーを部屋の外周に配置すると、多くの壁面を占めてしまい、全体的に無機質な表情が目立つおそれがあった。

 一方、細長い形のフロアには、長手方向を貫くように8本の独立柱が並んでおり、この柱にロッカーを一定数まとめて添わせることが一案としてありえた。しかし、背の高いロッカーを置けば、視界を遮る壁のようになり、柱の列に沿って空間が分断されしまうことになる。

 そこで、視界を遮らない腰高のロッカーを使い、一定数をまとめて柱に寄せた上で、天板を張り、スタンディングミーティングのためのテーブルを兼ねさせることを考えた。

ロッカーの見直し

 天板には木を使用、さらに側面に木製の本棚を取り付けることで、木の什器の中にロッカーを組み込んだようにし、既製品の無機質さを軽減した。また、ロッカーの下に台輪を挟み、つま先が入る空間を設けることで、人がテーブルに接して立ちやすくなるとともに、靴でロッカーが汚れることを防いだ。木は全て、デスクと同じ杉の集成材を用いている。

 ロッカーが12個集まってできたミーティングテーブルが、全体で10個生み出されることになり、単なる荷物の収納という機能を越えた、コミュニケーション活性化の装置として、そのスペースを活かすことになった。

4.その他の什器と内装

 デスクやミーティングテーブルの他にも、様々な什器を木で作ることになった。ロビーの「ベンチ」、4人掛の小さな「ミーティングブース」、集中作業をするためにデスクの左右を遮断する「机上衝立て」、プライバシー保護が必要な管理部門を目隠しするための「衝立て兼本棚」など。全てデスクと同じ杉の集成材を用い、社内工務部で組立て可能なシンプルな構造とした。これにより、オフィスにトータルなカラーが生まれることになった。

 デザインとしては、手作りのラフ感と、リッチな使い心地が微妙に両立するものを目指した。また、規格サイズの集成材から什器の部材を切り出すにあたっては、全ての部材の割付図を作り、できるだけ材料のロスが出ないように計画した。

 什器が相当な数になったので、納品が一部間に合わず、工期が二回に分けられることになったが、工務部の頑張りによって最終的に全て無事に完成した。出来上がりは、ちょっとした木のワンダーランドような風景となった。

全体レイアウト図(クリックして拡大)

全体レイアウト図

 多くの什器に木を使うことで、ある程度視覚的なインパクトが生まれるため、内装に手を加えることは、あまり必要がない、むしろメリハリを付けるために最小限に抑えた方が望ましいということになった。ほとんどのエリアは、原状の焦茶のタイルカーペットと白い壁・天井を、そのまま積極的に使っている。執務用のイスも、これまでのものを再利用した。

 一点、執務エリアとエントランスの境に新設した間仕切り壁には、法規をクリアした上で、木を張ることにした。16mの長さの壁の全面に、杉集成材を横張りしている。オフィス全体の中では限られた大きさだが、視覚的には全体の印象を左右するボリューム感を見せている。

 この木の壁には社員全員分の上着が掛けられるハンガーパイプを設け、腰高のロッカーに入りきらない分をフォローしている。木の板が36mmと厚く、下地組みの位置を気にせずこうした金具類が取付けられる点は実用的でもある。季節によって、掛かっている上着の量が変化し、様相を変える木の壁となった。

オフィス使用風景

 会議室については、ガラスを多用しつつ、ロールスクリーンを併設し、視覚的なオープンとクローズの調整ができるようにして、かつプロジェクター投影にも対応した。特徴として、会議室を区切る新設の壁は、全て「ホワイトボード塗装」で仕上げ、どこでも書き込みができるようになっている。また、2つの会議室を一つにつなげてセミナーなどが開催できるよう、一部に可動間仕切りも導入した。(防音機能を持った重いパネルを上吊りしたもので、天井裏の補強工事に手間か掛かっている)

 その他、フロアの南側に面して、グリーンのラグマットや畳を敷いて、リフレッシュエリアとしている。

 こうして、要望としてあったテーマは一通り満たすことができ、木を活かした、手作り感のある、活発なコミュニケーションを促すようなオフィス空間となった。入居して実際に使われている様子は、木の生命力を反映したような、自由で活き活きとした雰囲気が印象的だ。これから1年、2年と、木は焼けて色づいていくことになるが、経年変化も楽しみなオフィスとなっている。